待ち合わせ

 日曜日の朝十時。
 眠たそうに欠伸をする博士に見送られた私は三日月さんとの待ち合わせ場所である駅前のベンチに座っていた。

「うぅ……三日月さん……」

 彼女と並んで歩く自分を想像しただけで緊張し、いつもより落ち着かない。
 これから三日月さんと一緒に買い物をするにも関わらず、私の服装は可笑しくないだろうか? 友達と出掛けるのに相応しい格好なのか?
 答えのない不安が脳内を覆いつくし、私はぎこちない動作で腕に搭載されたスマホで時間を確認する。勿論、誰にも見られないように細心の注意を払っている。

「それにしても早く着き過ぎました……」

 三日月さんとの約束の時間は十一時で、今はその一時間早い十時だ。
 うん、早すぎた。張り切ってしまったのと絶対に遅刻したくなかったのが主な原因だが、引き返す訳にもいかず、大人しく待つしかないだろう。
 少しだけ憂鬱気味になった私は溜息を吐き、空を仰いだ。
 今日の天候は鬱陶しいほどの快晴だ。五月中旬故か、寒くも暖かくもない。人間にとって過ごしやすい環境だろう。

(まあ私はロボットなんだけど……)

 そう、私は博士が作り出した高性能ロボット。ちょっとした気候の変化ならへっちゃらで、成人した人間くらいなら簡単に吹き飛ばせる力を持っている。最先端技術を詰め込まれ、機械としての誇りは抱いているつもりだった。
 だけどなんだろうか。目の前の人たちは駅へ向かって歩いている。家族連れだったり、楽しそうな子供同士だったり、その笑顔は本物で、この世界で生きているんだって感じられる。
 それは三日月さんも同じだ。彼女が吸血鬼といった存在だとしても、この地球上で生きる者の一つだ。

(それに比べて私は……)

 ロボットであることは私の矜持であった筈だ。それなのに、こうも人間が羨ましく映るのは何故だろう。

「だーれだ!」

「ひゃっ! だ、誰ですか!?」

 仰いで雲の形を見つめていると、不意に目の前が真っ暗になった。
 そして、背後から聞こえるのは女性らしい高い声。お茶目なのか、声だけでご機嫌だと察せられる。

「って三日月さんですよね?」

「えへへ、せーかい! どうして分かったの?」

「そりゃ声紋が――ごほっごほっ! どう聞いても三日月さんの声だったので……」

「ちっ……」

 危ない危ない。
 ロボットだと隠しているのに声紋の証拠を出すのは墓穴を掘るようなものだ。飽くまで私は一般人である。
 鎌をかけたつもりだったのか三日月さんは舌打ちし、私の隣に座った。

「あの、早くないですか?」

「それはこっちの台詞だよ! まだ一時間も前だよ?」

「それは……遅刻したくなかったし三日月さんに早く会いたかったので……な、なんでもないです!」

 物凄く恥ずかしいことを口滑ってしまい、私は慌てて誤魔化す。自分でも分かるほど羞恥心で身体が火照る。

「そうなんだ。嬉しい。私も同じ気持ちだったり……」

「へ?」

 同じ気持ち? 婉曲的な言葉なのか。
 ……否、彼女の真っ直ぐな笑顔を見る限り、言葉通り。私と同じ気持ちなのだろう。
 三日月さんは私と会いたかった? 三日月さんも同じ気持ちだったのだ!
 そう思えば胸が躍って、心臓がドキドキと鼓動を打ち、クラクラとしてしまう。

「ちょちょちょっ! 物凄く発熱しているけど大丈夫なの!?」

「え? 触ってもないのにどうして分かるんですか?」

「だ、だって明らかに顔が赤くて頭から湯気が出てるよ! やっぱりロボットだよね!」

 そういえば体内温度計の数値が四十近くになっている。嬉しさから興奮し過ぎたようだ。
 深く深呼吸をし、急速に冷却した私は澄ました表情で本題に入った。

「大丈夫です。落ち着きました」

「また耳から煙が……」

「それより早く行きましょう!」

「あ、誤魔化してる……って、ゆゆねちゃん! 駅はこっちだよ!」

「……? 〇×区にあるショッピングモールですよね? それなら電車よりもバスの方が早いです。私のデータによれば後三分四十秒でモール行きのバスが到着します」

「で、でーた? 随分と細かいね。もしかして脳内に情報がインプットされているとか?」

「ッ! と、兎に角、急ぎましょう!」

 図星を指された私は動揺してしまったが、直ぐに平静を装って彼女の手を引く。
 三日月さんと一緒に居ると、何だか気持ちがぽかぽかと安心する所為か、ボロを出してしまい、それは日が経つに連れて酷くなっている気がする。前の私は間抜けではなかった筈なのに、もしかして故障だろうか?
 一度、博士にしっかりとメンテナンスを行ってもらう方がいいかもしれない。