ゲームセンター

 さて、掃除機の如くあっという間にクレープを平らげた三日月さんと私は買い物を続けた。服屋さんや雑貨屋さんといった色んな店を周り、傍から見れば至って普通の女子高校生だっただろう。
 三日月さんの事なので、てっきり何か仕掛けてくるのでは? とずっと身構えていたが杞憂だった。
……いや、まだ気を緩めてはいけない。彼女の事なので忘れた頃にでも爆弾を投下してきそうだ。

「そうだ。ゲーセンに行かない?」

「ゲームセンター……ですか? そういえば行ったことないです……」

「えぇ? ほんとに? 今時行ったことないなんて珍しいなぁ……丁度いいし、それなら行ってみよう! ね? ね!」

「そうですね。折角なので……」

 腕を引っ張ってくる三日月さんに強引さを感じ、何か意図がありそうだったが、確かにゲーセンなるものは以前から気になっていたので吝かではない。
 大人しく彼女に引っ張られながら自動ドアを潜り、目の前に広がった光景は珍妙だった。
 似たような台が幾つも並び、電子音や人の声が入り混じった喧しい店内は薄暗く、それ故ネオンが強調されている。端的に言えば目に悪いだろう。
 ある男性は台に座ってカチャカチャとレバーを機敏に動かして、隣に座っている友達であろう人物と駄弁っている。品のない会話だが雰囲気は楽しそうで、ある意味心からゲームを楽しんでいるように思えた。

「どう?」

「テレビで見たことはありましたが、実際に来ると未知の空間ですね……でも、悪くはないです」

「そっか……じゃあ早速何かやろうよ! どれがいい?」

「えぇ? どれが良いって言われても……」

「おすすめはこのロボットを操作するゲームだよ! 何回か明美ちゃんとプレイしたけど面白かった!」

「それは嫌です」

 丸いポッドを指してはキラキラとした瞳で誘ってくる三日月さんだがきっぱりと断った。ロボットがロボットを操作するなんて滑稽だろう?
 ショックなのか壁に手をついて落胆している三日月さんをあえて放置し、改めて店内を見回す。

「あれは……」

 奥に鎮座してあるのは他の台とは一風違った複数人が入れそうな巨大な機械。初めて見たはずなのに気になって落ち着かない。

「それが気になるの?」

「はい。ゲーム機ですか?」

「ちょっと違うかな。プリクラって言ってね。写真を撮って、その場で加工して現像してくれる機械なの。最後に取ったのは明美ちゃんとだっけ……?」

「む……」

 明美さんと三日月さんがプリクラを撮ったという事実に、無性に腹が立った。これも嫉妬という感情だ。
 情けないことに冷静にはなれず、寧ろ明美さんが撮ったなら私も三日月さんと撮りたいという気持ちが強くなり、躍起になって彼女の手を引いてしまう。

「どうしたの?」

「プリクラ……私と一緒に撮りましょう。いいですよね?」

「それは勿論良いけど顔が近いよ! 私も撮ろうと思っていたけど、まさかゆゆねちゃんの方から言ってくるとは思いもしなかったかな……」

「じゃ、撮りましょう。あ、お金は私が出しますので大丈夫です」

「え? でも……」

「さっきクレープを奢ってもらったのでそのお返しと思ってください」

 三日月さんは申し訳なさそうにしていたが、これは私の我が儘なので私がお金を払うべきだ。
 プリクラと呼ばれる箱の中に入って百円玉を数枚投入する。
 なにやら機械音声に従って設定を決めるらしいが、その辺りは詳しくないので三日月さんに任せ、私は思考を巡らせた。
 勢いでプリクラなるものに入ったがどうすればいいのだろう。三日月さんの話、それとデータから写真を撮ると判明しているが、こういう場合何かポーズをとればいいのか? 表情はやっぱり笑顔?

「ゆ、ゆゆねちゃん? それは何のポーズなの?」

「え? 取り敢えずインパクトのあるポーズを……前に“博士”に教えてもらったラストシューティングっていうポーズです。間違ってました?」

「色々間違ってるよ!」

 前に博士が「写真を撮るならこのポーズが妥当じゃな……」と言っていたのを思い出したのだが、根本的に違うらしい。

「もうっ! プリクラはこういうのでいいの!」

「ちょっ! 三日月さん!?」

 三日月さんは私の腕に抱き着いた。愛おしそうに私の肩に頬ずりをしている。

「あの、近くないですか?」

「これが普通だから。それより撮るよ!」

「え!? ま、待っ――」

 身体が密着するほど近く、その所為で彼女の甘い匂いが鼻腔を通り抜け、回路が麻痺してしまって、最善の判断が下せない。
 そうこうしているうちに一枚目の写真が撮られてしまった。きっと写真にはあたふたとする情けないロボットが写っているだろう。

「あぁ……撮っちゃった。変な風に写ってないといいですけど……」

「うぇひひ……」

「三日月さん? また変な笑い方をして……」

 酔っぱらったおじさんのような変な笑い方。仲良くなるきっかけとなった夕暮れの教室での出来事を思い出す。
 あの時の彼女も呂律が回っていないのか可笑しな笑い方をし、瞳を血のように赤くして――

「って! 今も赤い!?」

「うぇへへ! ゆゆねちゃーん! こんな密室に連れてくるなんて食べて欲しいのかなぁ?」

「は、離してください! へ、変態!」

 色々と不味いと思い、咄嗟に逃げようとするが三日月さんによって捕まってしまう。この力強さはやはり吸血鬼なのだろう。がっしりと抱き締められて脱出できない。

「いただきまーす」

「も、もう! このぉっ!」

 背に腹は代えられない。
 私は搭載されていたガマ口スタン君を三日月さんの腰へ押し当てた。勿論、抱き着かれていたので私も感電したが、まあ高性能ロボットなのでスタンガン程度では機能停止に陥らない。精々少し痛い程度である。
 結局、数分間のひと悶着があって、気がついた頃には撮影は終わっていた。





「いや~ごめんね? 良い匂いだったからつい襲っちゃった」

「ついじゃないですよ」

 てへぺろと舌を出す彼女が可愛らしいが許した訳ではない。
 あの後、意識を取り戻した三日月さんと写真の加工へと乗り出したが、綺麗に撮れた写真は最初の一枚だけ。他は全て素っ頓狂な光景だ。

「それにしても途中から曖昧なんだけど? なんか記憶が飛んでいて……目が覚めたらゆゆねちゃんに膝枕されてるし……」

「気にしない方がいいです。それより三日月さんはやっぱり吸血鬼ですよね? 発作的に変態になるんですか?」

「し、失礼だね。吸血鬼じゃないよーっだ!」

 また舌を出して小悪魔的な笑みを浮かべる三日月さんを一瞥して、私は変態になることは否定しないのかと呆れてしまう。

「っというかゆゆねちゃんもゆゆねちゃんだよね。博士って誰なの? よぼよぼの男で白衣を着込んで、丸眼鏡を掛けてるの?」

「みょ、妙に具体的ですね。博士は……し、知り合いの子供です。訳があって私が世話してるんですよ」

「ふーん……その博士がゆゆねちゃんを作ったの?」

「まさか。私はロボットではありません」

「くすっ……私はロボットではありませんってよくネットで見かけるよね」

「ああ……」

 私自身、脳内に詰め込まれたデータで十分なので、あまりネットダイビングというものはしない。だから体験した事がないが知識としては知っている。
 三日月さんが言っているのは、相手にチェックボックスをクリックさせたり、複数の画像を選択したり、画像から文字を打ち込んだりさせ、そこからロボットか否かを見極めるリキャプチャというシステムの事だろう。
 まあ博士印の高性能ロボットである私には効果ないので、そんなプログラムを組んだところで突破できてしまう。

「このプリクラはどうしよう……綺麗に撮れた一枚はスマホに貼ろっかな」

「そ、それは恥ずかしいから止めてほしいです」

「どうして? これくらい普通だから恥ずかしがることないよ」

「本当ですか? ……なら前に明美さんと撮ったという写真を見せてください」

「それは嫌」

 満面の笑みで拒否されてしまった。